
今治で活躍している人にインタビュー
人生100年時代。あなたはどんな仕事をして、どんな生き方をしたいですか?迷いながらも大きな一歩を踏み出した佐々木さん。勇気と行動力で切り拓いた現在地をお話いただきました。

佐々木さんは、宇和島市津島町出身。しまなみ海道沿いの大島でベーグル専門店「コナノワ」を営む前は、ごく普通の主婦だったという。松山市内のホテルに就職し、6年間働いた後に結婚、そして出産。パートで働きながら2人の子どもの学校行事や部活、受験など、子育て中心の生活に追われてきた。あれこれと忙しい毎日を過ごしていたのが、進学、就職と子どもたちが独り立ちした時、ぽっかり空いた時間に戸惑った。
子どものため、家族のため、自分以外の誰かのために時間を使うことが当たり前だったが、子どもが手を離れてみたら、「私、これから何をしていけばいい?そう思っちゃったんですよね」と、この先も続いていく「自分の人生」に改めて気づいたという。再就職して定年まで働いたとしても、その先は……と考えた時、起業に思い至る。これからはやりたいことをやって生きよう。
「海のそばで店をしたい」そのアイデアは、娘さんからは背中を押された一方で、息子さんには猛反対されたという。素人が成功するはずがないとバッサリ切り捨てられたが、佐々木さんの決意は固かった。「ダメならダメで、一文なしになってもいいと思っていました。始めてみないことには、うまくいくかどうかはわからないですから」と、さらり。自分の人生の責任は自分で取れるだろうと覚悟の上だった。悩んで時間が止まるよりはと、起業へ大きな一歩踏み出した。

佐々木さんがまず考えたのは、どこでどんな事業をするかだ。自分ひとりで店をするなら、メニューの多いカフェやレストランではなく、専門店がいいだろうと、もともと好きだったベーグルの店にしようと決めた。ベーグルは、タピオカやドーナツのように人気の浮き沈みがなく、冷凍保存もできる。そこでまずはパン作りの基礎を身につけようと、それまでの事務のパートを辞めて松山市内のベーカリーへ転職。未経験ながらパンの製造技術を身につけ、成形から焼成までを任せてもらうまでになった。
店のロケーションにもこだわった。海の近くで生まれ育ったこともあり、海が見える場所にしたかった。広島・尾道からしまなみ海道を今治方面へ、海近の物件をあれこれ探してやっと出合ったのが、大島の古民家だった。海に面したこぢんまりとした平屋で、四国山地を遠くに望む穏やかな海の景色に心を奪われた。ここならばと佐々木さんは大島へ移住し、古民家を店舗にリノベーション。内装などのDIYにも挑戦した。


もうひとつ大切なことは、「わざわざこの場所へ来る理由」だ。それにはやはり、目的となるベーグル自体が特別なものでなくてはならない。佐々木さんは子育て中、子どもたちが口にする食べ物には特に気を遣ってきたという。なるべく農薬や化学肥料に頼らず栽培されているもの、旬の食材などだ。そこには生産者ならではの想いや、愛媛の気候・文化が凝縮されているはずだ。それをベーグルに生かそうと考えた。
ベーグルの生地にはオーガニックのレーズンで作る自家製酵母を使い、乳製品・卵・油は不使用と、素材の風味を生かしてなるべくシンプルに。フィリングには佐々木さんが厳選した愛媛県産の食材を使用する。例えば、今治・朝倉産の洗いごま。今や自給率0.1%と国産ゴマ自体が非常に貴重であるなか、朝倉産の洗いごまは農薬や化学肥料を使わず土の力や瀬戸内の気候風土を生かして栽培される。

ほかにも、放牧牛のミルクで作られた内子町の伝統的なチーズや、自然の生態系を守り無農薬で栽培される新宮茶、西予市の添加物不使用のソーセージなど、すべて佐々木さんが足を運び、生産者の生の声を聞いてきたものばかりだ。素材の背景を佐々木さん自身が深く知ることでベーグル作りにも想いが込められ、ストーリーが生まれる。素材の旬に合わせてラインナップが変わり、常時12〜15種類が店頭に並ぶ。他のベーグル専門店に比べれば品数は少ないが、どれもここでしか味わえない特別なベーグルだ。
2023年1月、晴れてオープンしたコナノワには多くの客で行列ができた。店の前の海をバックに購入したばかりのベーグルを撮影する女性客、ベーグルを頬張りながらカフェスペースでのんびりと海を眺める人など、佐々木さんが夢に描いていた景色がそこにあった。


起業は簡単なことではない。商品作りの技術、物件探しと改修といった実質的なことから現実的な事業計画や資金のことまで、あらゆることを考え、選び、決断する力が必要だ。それら一つひとつに佐々木さんは体当たりで取り組んできた。銀行では自分のビジネスをうまく言葉にできず悔しい思いもしたという。それでもあきらめず、軌道修正しながら一歩一歩進んできた今が楽しい。自分の選択を肯定できる今が、佐々木さんにとって最高の財産だろう。
佐々木さんを応援してくれた娘さんは今、新しい夢に向けて挑戦を始めたところだという。「やりたいことはやった方がいいと思うんです。初めてのことは怖いけど、やれば慣れて必ずできるようになる。いろんな経験をして、ダメだったら方向転換をして、何度でもやり直したらいいと思うんです」そう語る佐々木さんの第二の人生は、まだ始まったばかり。もっと愛媛の生産者を発信したい、海が見えるこの景色をもっと生かしたい――まだまだできることがあると、日々考えている。
